昨年1年間,NAFA専務理事を勤めさせていただいている間,JIMSAという団体のディベート活動に関わらせて頂きました。JIMSAでは英語ポリシー・ディベートに取り組んでいます。日々忙しいと言われている医学生が,なぜディベートに取り組んでいるのか,彼らの感じるディベートの魅力は何なのか,インタビュー,リポートを交えて紹介させて頂きたいと思います。
1 JIMSAとは
JIMSAとはJapan International Medical Students Associationの略です[1]。この組織には,日本の約40の医科大学や医学部を持った大学のESSが加盟しています。定期的に英語活動,国際交流活動を行い,将来医師としての活動に備えて,医学・語学を通じ,国際的な視野を持つ人格の形成を目標にしているようです。 このJIMSAで取り組んでいる英語活動の中には,「英語による研究発表」,「スピーチ」とともに,「ディベート」が取り入れられています。その中のディベートの活動を見ていくと,年によって多少異なるようですが,年に2回のキャンプと,年に1回のディベート・トーナメントがあります。
春と夏のキャンプの中ではセミナーと練習試合を行います。主に1,2年生が,セミナーの中でディベートの形式を学び,そして実際に日本語でディベートを行ったり,ワーク・ショップを通じて,ディベートとそのトピックの問題に関する知識を深めたりしていくようです。
2 キャンプでの出会い
このJIMSAのディベート活動に私が最初に関わらせて頂いたのは,夏に箱根で開催されたキャンプです。以下,私のJIMSA夏キャンプでのディベート活動を紹介させて頂きたいと思います。
夏のキャンプで行われるセミナーは,多くの1,2年生にとってディベートを体験する初めての場であり,私と当時NAFA会長を務めていた(現NAFA顧問理事)竹田さやかさんと2人で,ディベートのレクチャーを数回行い,また親睦活動に参加させて頂きました。
初日にはバーベキュー・ハウスというホールに参加者を集め,形式,ルールなどのセミナーと,そのレクチャー内容の確認を行うために,日本語でのモデル・ディベートを行いました。参加者のほとんどが初心者ということで,出来るだけ詳細には踏み込まず,「メリットやデメリットをどのように考え,どのようにプレゼンテーションをすれば良いのか」という部分を重点的にみんなで考えていく形式をとました。その後はいくつかのグループに分かれ,論題であったタバコに関するワーク・ショップを開催しました。(なお,ワーク・ショップに関しては,我々の主催ではなく,JIMSAの主催です。) 2日目以降は練習試合でジャッジを務める上級生の方々に,ジャッジングに関するセミナーを開き,また,ヘルパーを務める上級生には,形式やルールの再確認の為にレクチャーを行いました。
キャンプの後半には練習試合を行い,この中で私達は数試合ジャッジを務めました。キャンプではいくつかのグループに分かれていましたが,そのグループから1,2年生を中心に2人組のチームを2組作って,他のグループのチームと対戦します。この時に最も印象的だったのは,各チームの上級生の様子で,後輩をサポートするために大量のメモを用意したり,手にしている資料を準備したりしている様子でした。ディベートでは,こういうところで,団結感を味わえるのだというように強く感じました。
3 セミナー,JIMSAディベートトーナメント
キャンプを終えて,何回かセミナーを開く機会をJIMSAの方から頂きました。東京女子医大や埼玉医大で行いましたが,週末でもない平日に合計30〜40人も集まりました。このセミナーを通じて,JIMSAのディベートに対する熱心さを感じることができました。
また秋には,JIMSA加盟校の中で,日本一を決めるディベート・トーナメントが開催されています。例年およそ20チームが白熱した試合を繰り広げています。スタイルは立論8分,反駁5分,反対尋問3分,準備時間10分のNDTスタイル [2]。 論題はJDA推奨論題のものを用いることもあるが,JIMSA内で選ばれたものを用いる場合もあるようです。一昨年は「遺伝子組み換え食品の廃止」について,そして昨年は「タバコ廃止」の論題でした。傾向としては医学生の関心の高いものが論題として採用されているようです。
2001年度は10月の3連休に,JIMSAディベート・トーナメントが開催されました。予選を勝ち残った4チームがトーナメントで戦い,優勝を決めます。私は最終日のジャッジに入りましただが,とてもハイレベルな戦いでした。肯定側の自治医大の2人はとても英語のよるプレゼンテーションが綺麗でした。反対尋問では理由を明確にしようと,否定側にとって厳しい質問を繰返していったのはとても印象に残っています。立論,反駁,反対尋問全てにおいて,「聞き手を常に意識したプレゼンテーション」を行っていました。
それに対する否定側の埼玉医大も素晴らしいものでした。肯定側が示してきたエビデンス(証拠資料)の証明不足を指摘した上で,大量の証拠を示して,肯定側の意見を緻密に否定していきました。後で聞いた話ですが,埼玉医大はトーナメントに出場しないESS部員が分担して,数日間徹夜して,たくさんの資料を揃えたそうです。
最後は否定側,埼玉医大の勝利で幕を閉じました。決め手となったのは否定側最終反駁で見せた比較でした。肯定側の主張が仮にすべて成立した前提に立って,3つの理由を示し,否定側の主張が優れている事を示していました。「仮に〜で」という前提に立った上での,その丁寧な比較は,普段のNAFA主催の大会などでもあまり見ることの出来ない,とても素晴らしいものでした。
例年,NAFA関東はJIMSAと親睦を深めており,キャンプに参加して,キャンプの中でセミナーを開催したり,ディベート・トーナメントにおいてジャッジを務めたりしています。私は昨年1年間JIMSAのディベート活動を通じて,色々な事を感じる事が出来ました。
4 忙しい医学生
医学生は非常に忙しいです。何人か親しくなった友人からカリキュラムを見せて頂きましたが,朝9時から,夕方まで,授業がびっしり詰まっていました。もちろん,空き時間はほとんどありません。授業の中には実習も多く含まれています。夜は夜で,アルバイトなどの予定で忙しいようです。レポート提出も頻繁にあり,予習,復習に費やす時間も当然必要です。もちろんESSとしての定期的な活動もあり,リスニングなどを行ったり,教授や外国人の先生を招いて英会話を行ったりするところもあるようです。
5 「なぜディベート?」〜医学生の求めるディベートの魅力〜
この忙しい医学生は,なぜディベートに取り組んでいるのであろうか,そして,どこに魅力を感じているのだろうか。何人かにインタビューをしてみました。その結果をまとめると,大きく4つの意見を聞く事が出来ました。
(1) 「モノゴトを論理的に考える良い練習になる」
ディベートを通じて,論理的に考えるコツを学びたいという声がありました。ディベートで,因果関係を把握したり,比較を用いたり,具体化や抽象化を行う作業を通じて,論理的に考えるトレーニングをしているようです。
医学生は将来,医師として,患者と接していきます。しかし,中には研究活動を続け,新しい研究に取り組んで,論文を学会などで発表したりする人もいます。そこで,論文を書いていく際にはもちろん論理的に考え,順序立てて理論を構築していく力が求められていきます。また,例えばとある研究に対して,「果たして本当にその理論は正しいのだろうか」と,クリティカル・シンキングを働かせて検証していく際にも,そして実際に議論を重ねていく際にもロジカル・シンキングは必要であるようです。
これは医学生にも限った事ではないと私は思います。最近では,巷の本屋のビジネス書のコーナーや,教育分野の本が並ぶコーナーの棚には「ロジカル・シンキング」「クリティカル・シンキング」「論理的思考」というようなタイトルがついた本が数多く並んでいます。経営者やサラリーマン,教師やスポーツのコーチを行う人までもがこれらの本を求めているそうです。実際大学の授業の中でも多く取り入れられているようです。
この論理的にモノゴトを考えるクセを身につける手段として,JIMSAではディベートを取り入れているようです。
(2) 「人にわかりやすく伝えるコツを学べる」
ディベートは限られた時間内に,自分の主張をわかりやすくジャッジ(審判)に伝えるゲームで,相手に納得してもらうために,時にはわかりやすい具体例やデータを用いたり,比較を行ったりして,説明をしていきます。
このスキルを将来医師になる医学生は求めているようです。なぜなら,彼らは複雑な病名,治療法を患者に伝えなくてはいけません。また複雑でなかったとしても,適切な治療法,注意事項をわかりやすく伝える必要があります。さもないと,患者が不安を感じたり,怪我や病気に対し,誤った対処をしたりしてしまう事もあるからだそうです。
人にわかりやすく自分の意見を伝えると言うのは,何も医療に限った事でなく,日常生活において非常に重要な行為であると思います。普通の会話の中でも,相手にわかりやすく伝えるということを心がけるし,手紙やレポート,論文や企画書など,会話でなくても,わかりやすい文章を書く際には,それなりの工夫が必要です。
この様に,わかりやすくプレゼンテーションをする練習として,JIMSAではディベートを取り入れているようです。
(3) 「ゲームを通じて,英語を話す良い練習になる」
ここでは簡単な表現にしてしまいましたが,インタビューに答えて頂いた方々の表現には「勝敗」「勝負」「スリル感」といったものが含まれていました。確かにディベート活動は,勝敗をつけ,そしてその勝敗を競う英語活動の1つであり,限られた時間の中で自分の意見を述べなくてはいけないので,非常にスリリングなゲームであると思います。普段「英語を話そう」と言ってもなかなか話題に困ったりして,喋りにくいと感じている人には,このディベートのもつゲーム的要素が魅力的であるようです。また,このゲームを通じて,なかなか英単語を覚えられない人も,ゲームの中で使用することで,知らず知らずの中で使う事により,語彙を増やしているようです。また時事英語にも触れる機会を作り出しています。
実際に本年度のJIMSAディベートオフィスのチーフ,北村望さんは次のようなコメントを寄せていただきました。「ディベートというゲームを進める中で,何か喋らなくってはいけないですよね。黙っていたら勝てないし。でも英語で言いたい事を言えない時,違う言いまわしで表現したり,一生懸命語彙を覚えたりするのは非常によい経験でした。これは今度留学するのですけど,その準備の時に役立てることが出来ました。現地でもいっぱいお話ししてきます。」
冒頭に述べた様に,将来国際的な視点を持った人格形成を目指す人達に,ゲームを通じて,英語を学べる良い機会になっているようです。
(4) 「仲間と一体になって取り組む事が出来る」
ディベートという体験の中から,みんなで協力する喜びを味わう事が出来たという意見も多く見られた。ディベートの準備では,みんなで集まり,わいわいがやがやと,意見を出し合います。みんなで分担して資料を集めたり,練習試合をしたりして,時には徹夜で取り組んだりします。秋のディベート・トーナメントの時は主に大学対抗[3]ですが,,キャンプの時は,他の大学の人達とチーム・グループを組んで取り組みます。この作業を通じて,親睦を深める事が出来ると,力強く答えてくれた人もいました。
また,「ディベートを終えた時の達成感,充実感もなんとも言えないです。1週間,ESSの先輩や後輩のみんなと一緒に一生懸命頑張って,その後で飲むお酒の味はたまらない」という回答を埼玉医大の四元順子さんからは頂きました。仮にとある相手に負けても,そのことは酒に流す(=水に流す?)という答えも頂きました。ちなみにこれは余談になりますが,彼らの飲み会は非常に盛り上がります。時には「果たして将来のお医者さんなのかしら」と思う飲み方をする場合もあります。しかし,さすが医者の卵で,介抱の仕方も迅速かつ適切です。
6 さいごに…―
私は,このJIMSAとの出会いを通じて,ディベートの持つ魅力や素晴らしさを再確認する事が出来たように思えます。現在,ディベート人口減少が叫ばれており,NAFAでは現在スクワッド支援,新規開拓と言った仕事を通じて,ディベートをより多くの人に楽しんでもらいたいと色々な活動に取り組んでいます。きっと新入生の勧誘などに苦労している上級生の方々もいると思います。これまで拙い文章でJIMSAでのディベートの取り組みを紹介させて頂きましたが,この文章が,今後の新入生の勧誘など,何かの参考になれば幸いです。
この記事の作成にご協力頂いたJIMSAの皆さん,特に浅倉崇文さん,北村望さん,常岡俊昭さん,四元順子さんには心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
[引用文献・注釈]
[1] JIMSAホームページ <http://www.netlaputa.ne.jp/~jimsa/>
[2] この小論では,大学ESSで行なっている,1つの論題の下準備時間を多く取るディベートのスタイルを便宜上こう呼ぶこととします。
[3] 2つの大学でチームを組んで出場するジョイント形式のチームもあります。
(かんだ はるひこ)
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