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『トピカリティのスタンダード』を読んで

廣江 厚夫(東京工業大学ESS・OB)

初出: 2002.8.30


[目次]
1 はじめに
2 コンテクストについて
3 解釈について
4 おわりに


1 はじめに

 ディベート・フォーラムにある筧さんの『トピカリティのスタンダード』を読んでみたのですが,そこにはtopicality(トピカリティ,以下トピカリティに関する用語であるtopicality,topical,nontopical,そしてcollocationはそのまま英単語で表記します)重要なことが 2点欠けていると思いました。この文章では,その欠けている点を指摘すると共に,「ではどうすればよいか」について自分なりの意見とノウハウを書きます。

 欠けていると思った点は,以下の 2つです。

(1) 単語の意味を決定するのは,“unique meaning”よりも“narrower meaning”よりも,まず第1にコンテクストだと思います。だから,「スタンダードを替える」のところでは,コンテクストについてのスタンダードをまず挙げるべきです。

(2) 「はじめに」で出てくるtopicalityの実例を見ると,「2.1 解釈」では“acquire”という単語の意味については述べていますが,論題の文全体の解釈については述べていません。だから,“acquire”の意味と topical / nontopical との関係が今一つ分からないままとなっています。その点についての指摘が是非必要です。

以下では,2節の「コンテクストについて」で (1) について説明し,3節の「解釈について」で (2) について説明します。なお,以下で「今回の論題の文」と書いた場合は,次の文を指します。

Resolved: That the Japanese government should significantly mitigate the requirements for acquiring Japanese nationality.

2 コンテクストについて

(1) で「単語の意味を決定するのは…まず第1にコンテクストだ」と書きましたが,その中でも collocation(連語,上記注意書きを参照)と呼ばれる「どの単語とどの単語とが接続しているか」という情報が大きな役割を占めます。“acquire”といった他動詞の場合,「動詞+目的語」という collocation がそれに相当することが多い。言い換えれば,動詞の意味は目的語がどんな単語であるかによって決まってくる(ことが多い)ということです。

辞書によっては,その辺の情報がきちんと書いてあるものがあります。 例えば Longman Web Dictionary で調べてみると,こんな定義が載っています。(見やすいように整形しました。)

Longman Web Dictionary

acquire
verb [transitive]

  1. (formal) to buy or obtain something, especially something expensive or difficult to get:
    The museum has managed to acquire an important work by Dali.
  2. to learn or develop knowledge, skills etc by your own efforts, or to become well known because of your abilities:
    I look on it as an opportunity to acquire fresh skills.
    The team has acquired a fearsome reputation.

この定義をみると,collocation についての情報も載っています。つまり,“acquire + 目的語”という collocation があったときに――

i) 目的語が“something expensive”や“something difficult to get”を表わす語句の場合(例えば例文の“important work”),“acquire”は“to buy or obtain something”という意味になる。

ii) 目的語が knowledge や skills などを表わす語句の場合(例えば例文の“fresh skills”),“acquire”は“to learn or develop ... by your own efforts ...”という意味になる。

ということを表わしています。この情報をtopicalityの議論に使わない手はありません。

一方,論題の文 に注目すると,“acquiring Japanese nationality”,つまり“acquire + nationality”という collocation を持っています。ということは,目的語の“nationality”が上の i), ii) のどちらの目的語に当てはまるかを考えれば,“acquiring Japanese nationality”というときの“acquire”が 1, 2 のどちらの意味になるかが分かります。

では,どちらに当てはまるかを考えてみると――“nationality”は,ii) のknowledge や skills ではなくて,i) の“something difficult to get”に当てはまりそうです。ということは,“acquiring Japanese nationality”というときの“acquire”の意味は 1 の“to buy or obtain something...”であると言えそうです。さらに,2 の“to learn or develop knowledge, skills...”は論題の文の acquire には当てはまらない(collocationが異なる)という主張もできます。実際,2 を“acquire Japanese nationality”に無理に当てはめてみても変な意味になってしまうので,その点からも collocation が異なることが分かります。

このように,辞書を引くときは collocation の情報に注目することで,定義文の中で当てはまるものを絞り込む(うまく行けば 1つに特定する)ことができます。逆に,collocation の情報を無視してしまうと,論題の文のcollocation に当てはまらない定義文を持ってきてしまうおそれがあります。もし collocation 違いの定義文を持ってきてしまった場合,“unique meaning”や “narrower meaning”といったスタンダードを用いて「この定義を採用するべきだ」という議論をするのは,無意味なことです。

ところで,他の辞書では“acquire”の定義はどうなっているのかと思い,今度は OALD(Oxford Advanced Learners' Dictionary)で調べてみました。

OALD

acquire
verb [vn] (formal)

  1. to gain sth by your own efforts, ability or behaviour:
    She has acquired a good knowledge of English.
    How long will it take to acquire the necessary skills?
    He has acquired a reputation for dishonesty.
    I have recently acquired a taste for olives.
  2. to obtain sth by buying or being given it:
    The company has just acquired new premises.
    How did the gallery come to acquire so many Picassos?
    I've suddenly acquired a stepbrother.

(sth: something の略)

こちらは,意味の分け方自体は Longman と大差ありませんが,「どのような目的語のときにどのような意味になるのか」という情報が例文以外にはないので,この定義を使って collocation の議論をするのは難しそうです。

つまり,“acquire”の定義に関しては,OALD よりも Longman の方がtopicalityの議論で有効利用しやすいと思います。

(補足)
ここで引用した定義文に対して,「(これらの語義は,)英語学習者向けの解説としては許容されるかもしれませんが,ちょっと偏っています」という指摘がありました。確かに,“acquire ... nationality”というときの“acquire”は,ただの“to buy or obtain something, especially something expensive or difficult to get”ではない何らかの意味を含んでいそうです。つまり,単に政府から国籍を与えられただけでは“acquire ... nationality”とは呼べない場合が存在しそうです。(ただし,これ以上は調査していないので推測です。)

3 解釈について

Topicalityの議論で重要なのは,個々の単語がどのような意味かということ以上に,論題の文がどのような意味になるか(どのように解釈され得るか)ということです。解釈があって初めて,プランと論題の文とが対応しているのかいないのか(つまりtopicalか否か)が分かります。

しかし,『トピカリティのスタンダード』で紹介されている“acquire”の例では,「2.1 解釈」で“acquire”という単語の意味については述べていますが,それを論題の文に当てはめてみて文全体がどのような意味になるかといったことは一切していません。つまり,「2.2 検証」では,“acquire”一語とプランとの対応関係しか見ておらず,論題の文の解釈とプランとの対応関係にはなっていません。また,「3. 解釈の選択基準」では,“acquire”の定義文のうちでどれを採用すればいいかという議論はありますが,論題の文の解釈の内でどれを採用すればいいかという議論はありません。そのため,“acquire”の意味と topical / nontopical との関係が今一つはっきりしません。また,否定側が出した“acquire”の定義を使って 論題の文の解釈を作ろうとすると一部意味がおかしくなる(後述)のですが,それが見えなくなっています。

では,論題の文の解釈というのはどのように行なえばよいのか――以下では,その方法とちょっとしたノウハウについて述べます。

まず最低限やるべきなのは,“acquire”を含むフレーズで意味をとることです。つまり,辞書から持ってきた“acquire”の定義文を,“acquiring Japanese nationality”というフレーズに当てはめます。「2. コンテクストについて」で「“acquire”の定義文を持ってくる際には“acquire + nationality”という collocation に注目しましょう」という主旨のことを書きましたが,解釈の際には,まずはその collocation を持つフレーズに定義文を当てはめてみましょうということです。

では,上の例で否定側が主張する「自分から努力することで(何かを)手に入れる」を“acquiring Japanese nationality”に当てはめてみます。すると「自分から努力することで,日本国籍を手に入れる」となります。しかし,これは意味が変だと思います。なぜなら,国籍というのは言語や技術などと異なり,努力して手に入れるような性質のものではないと思うからです。(もっと大きなフレーズである“requirements for acquiring Japanese nationality”は「自分から努力して日本国籍を手に入れるのに必要な条件」となり,ますます変です。)

このような変な解釈に基づいてケースが topical か否かを判断することは,無意味なことです。そのようなことを防ぐためにも,topicalityの議論をするときは 論題の文(または中のフレーズ)の解釈をきちんと行なうことがとても重要です。

ここで,以降の説明のため,“acquiring Japanese nationality”の意味を自分なりに考えてみます。否定側の「自分から努力することで(何かを)手に入れる」という主張は OALD の“(1) to gain sth by your own efforts, ability or behaviour”に基づいているのですが,この定義文を使うのなら,“efforts”(努力)ではなくて“behaviour”(行動)に注目することで,意味の通る解釈ができるようになります。すなわち,“acquiring Japanese nationality”とは「何らかの行動(例えば申請)によって日本国籍を手に入れる」と解釈できます。この解釈に基づくと,申請をしていないのに日本国籍が与えられた場合は,“acquiring Japanese nationality”ではないと言えそうです。以下では,この解釈を採用します。

(ただし「2. コンテクストについて」で述べたように,OALD のこの定義には collocationの情報があまり記述されていないため,“acquire + nationality”という collocationに適用可能かどうかは不明です。しかし,この解釈を採用するとケースとの対応関係が簡単に説明できるため,以下ではあえてこの解釈を採用しています。)

これで“acquiring Japanese nationality”というフレーズは解釈できましたが,このフレーズとケースとの対応関係を調べるだけでは,topicalityの判定法としては不十分です。なぜなら,もしケースが“acquiring Japanese nationality”に少しでも関係があれば(例えば,「申請によって日本国籍を取得する」ということを少しでも述べていれば),たとえ条件の緩和に関係なくてもそのケースは topical であることになってしまうからです(それでも,“acquire”一単語とケースとの対応関係を調べるのに比べたらマシですが)。もっと効果的に判定するためには,論題の文全体か,“mitigate the requirements for acquiring Japanese nationality”くらいの大きなフレーズで解釈を作り,それとケースとが対応しているかどうかを調べればいいのです。以下では,そのような大きな単位で解釈を作る際のコツを披露します。

今回の論題の文では,次のように言い換えることができます。言い換えることで,ケースが topical か否かの判定が,論題の文面そのものを用いた場合に比べて楽に行えるようになります。ポイントは,「もし条件が緩和されているなら,“acquire Japanese nationality”は緩和前より容易になるはず」と発想しているところにあります。

“mitigate the requirements for acquiring Japanese nationality”(日本国籍の取得条件を緩和する)
  ↓

(言い換え1)
今までは“acquire Japanese nationality”のできなかった人々が,プランの後では“acquire Japanese nationality”をすることができるようになる。

(言い換え2)
ある人々は,今までは“acquire Japanese nationality”ができなかったが,プランの後では“acquire Japanese nationality”ができるようになる。(そのような人々が存在する。)

「言い換え2」は,「言い換え1」と内容は同じですが,プランの前後での対比を行ないやすいような言い換えにしてあります。つまり,ケースが topical かどうかは,プランの前後で「言い換え2」の状況が発生するかどうかで判定することができます。

可能な組み合わせは,「今まで/プランの後」と「“acquire Japanese nationality”ができる/できない」とで 4通りあります。それぞれについて topical / nontopical を考えると,下表の通りになります。

今まで プランの後 Topical? 理由
1.できないできる Topical 条件が緩和されている。
2.できないできない Nontopical 条件は変化していない。
3.できる できる Nontopical 条件は変化していない。
4.できる できない Nontopical 条件は厳しくなっている!

なお,厳密に言うと,上の言い換えは元の 論題の文に対して必用条件(つまり,緩い条件)になっています。だから,「ケースは『言い換え2』を満たさないから nontopical」は成立しますが,その裏である「『言い換え2』を満たすから topical」という主張は論理的には成立しません。しかし topicalityの議論では「Nontopical であるという証明がない限りは,プランは topical であると見なす(推定する)」という原則があるため,それに従えば後者も成立すると見なせます。

ここまで準備をしたところで,「無国籍児に日本国籍を与える」というケースと“acquire”の意味との関係について考えてみます。

“acquire”が「(努力とは無関係に)何かを得る(与えられる)」という意味である場合,以下のような状況を満たします。

“acquire Japanese nationality”とは,「日本国籍を得る(与えられる)」という意味。この意味で考えると,無国籍児は今までは“acquire Japanese nationality”ができなかったが,プランの後では“acquire Japanese nationality”ができるようになる。
→ 上の表の 1 に相当するので topical。
一方,“acquire”が「何らかの行動によって何かを手に入れる」という意味である場合は,以下のような状況になります。
“acquire Japanese nationality”とは,「何らかの行動(例えば申請)によって日本国籍を手に入れる」という意味であり,単に(申請なしで)「日本国籍を与える」だけでは“acquire Japanese nationality”とは言えない。だから,無国籍児は今でも“acquire Japanese nationality”ができないし,プランの後も“acquire Japanese nationality”ができない。
→ 上の表の 2 に相当するので nontopical。
これで,“acquire”の意味とケースの topical / nontopical との関係がはっきりしました。つまり,否定側が“acquire”についての topicalityを出すときは,上記ような言い換えと場合分け(これらも解釈の一種です)も出すべきです。

4 おわりに

この文章をまとめると,以下の2点となります。

(1) 辞書から定義を持ってくるときは,collocation の情報に着目しましょう。

(2) 辞書の定義だけでなく,論題の文全体の解釈についての議論もしましょう。

この文章が topicality の議論の参考になれば幸いです。

(ひろえ あつお)

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