1 はじめに
ディベートの試合において,スピーチは最も重要な要素です。なぜなら,スピーチを通してのみ,ディベーターはジャッジとコミュニケーションを図らなければならないからです。本記事で私のスピーチ練習を紹介し,みなさんのスピーチ練習の手助けになればと思います。
2 一年次のスピーチ練習
まず,一年生の時に行っていた練習を紹介します。実際の試合のためのスピーチ練習というよりは,いかに英語に慣れるか,ディベートに慣れるか,という「方法」です。
2.1
英語に慣れる
私は英語を話すことができなかったので,まずは英語に慣れることから始めました。英字新聞や英語の雑誌記事を声に出して読む,何でもいいから英語を聞く,この二つで英語の感覚が身に付くと思います。「感覚」というと曖昧なようですが,私は日本人であり,なるべく自然な英語を身に付けるためには,やはり英語のイントネーションや単語の使い方等に慣れた方が良いと思っていました。 ディベートの試合はジャッジも日本人なので,それほど「綺麗な」英語を話せなくても良いのかもしれませんが,英語を学ぶ,或いはディベートで「使う」以上は,正確な英語,自然な英語を身に付けた方が良いと思います。
2.2 ディベートに慣れる
英語に慣れることと平行して,ディベートに慣れる必要があります。ディベートでは,英会話ではなく,議論をしなければなりません。議論するため,誰かを説得するためには,言いたいことをいかに正確に相手に伝えるか,いかに論理立てて伝えるかということが大切です。具体的に言うとSign-posting(サイン・ポスティング),Numbering(ナンバリング)から始まり,カードアタック,エビデンスの伸ばし方など,一連のスピーチの形を繰り返し練習する事で身につけました。 しかし,自分では,自分のスピーチのどこが悪いのか,また,どういうスピーチが分かりやすいのかということが分からないと思います。獨協大学のディベートセクションには,一年生の試合の準備段階では全て上級生が着きっきりで教えていく,という体制があったので,先輩にDA(Disadvantage)の2コン(Second
construction)や2AC(Second Affirmative Constructive Speech)での反論等を全て聞いてもらい,改善点を言ってもらいました。その後,更に自分でスピーチを直し,直し終わったら聞いてもらう,ということの繰り返しで,だんだんディベートに慣れてきたと思います。
3
二年次のスピーチ練習
英語やディベートそのものに慣れてくると,次は,それを改善していく過程に入ると思います。ここでは,どのように自分のスピーチを改善させていくか,ということについて紹介します。 ここでの一番のポイントは,「いかに客観的になるか」ということです。自分だけではなく,聞く人に分かりやすいスピーチがどのようなスピーチか,ということを考えることが大切です。以下で,自分が試合に出る時,自分が試合に出ない時,後輩に教える時の三つに分けて,客観性の付け方を紹介します。
3.1
自分が試合に出る時
私が二年生の頃は,先輩と組んで大会に出る機会が何度かありました。先輩と組むときは,プレパの段階では自分で議論の返しを作り,自分でスピーチの練習をしていました。まず,自分が言いたいことは何かを考え,それを一度スピーチにしてみます(これは紙にベタ書きをしても実際にスピーチをしても良いと思います)。そうすると,必ず,同じ事を繰り返して言っている部分があったり,分かりにくい部分,説明不足な部分が見つかったりします。その部分を直し,またスピーチにして見ます。そういう作業を何回か繰り返し,そして実際の試合に臨みます。また,いくら試合前にスピーチ練習をしても,実際の試合で思った通りにスピーチができるとは限りません。実際に試合をした後も,自分と組んでいた先輩にコメントをもらったり,試合中にできなかったスピーチを見てもらったりしていました。
そして,一番大きな収穫は,先輩のスピーチを一番近くで聞く,ということだと思います。一緒に組むと,試合の流れによって様々なスピーチを聞くことができます。もちろん自分も議論の内容やエビデンスを知っているわけですから,「この議論にこう反論されたら,こうスピーチをする」という細かな部分まで学ぶことができます。そして,自分のスピーチに組み入れることができます。実際に,三年生になってからの私のスピーチ,特に1AR(First
Affirmative Rebuttal)のスピーチは,この頃に見ていた先輩のスピーチの模倣でした。
3.2
自分が試合に出ない時
自分が大会に出ない時には,上手な人のスピーチを見て,何が分かりやすいスピーチなのかを考え,それを自分のスピーチに取り入れることができます。大会ではディスパッチも大切な作業だと思いますが,ただ試合や議論を「見る」だけではなく,人のスピーチを分析してみることも大切だと思います。自分が上手だと思ったディベーターを追いかけて試合を見たり,そのスピーチのどこがいいのかを考えたりすることで,試合に出なくても自分のスピーチを向上させるチャンスがあると思います。 ディベートは,独りよがりのスピーチではジャッジを説得できません。自分で分かっていても,実際にスピーチを聞いた人が理解してくれないと意味が無いからです。自分のスピーチを人に聞いてもらう,人のスピーチを聞いて分析する,という作業の中で,自分のスピーチに客観性を持たせることができ,それがスピーチ力の向上に繋がると思います。
3.3 後輩に教える時
二年生の後期になると,獨協大学の英語会では一年生が各セクションに入ってきます。ディベートセクションでは,一年生大会に出るディベーターの面倒は二年生が見ることになっていました。私も何度か一年生パンツの担当になり,そこでもまた勉強する機会があったと思います。 実際に返しを考えるのは一年生本人ですが,そのスピーチを聞いてコメントをする中でも,どういうスピーチが分かりやすいのか,ということを考えることができます。特に同じスクワッドのスピーチなので,どういうことを言いたいのか,何を言えばいいのかはあらかじめ知っています。その上でスピーチを聞くと,何が足りないのか,どういう説明を加えたら分かりやすいのか,ということを細かくアドバイスする事ができます。その中で,自分のスピーチでも足りていない部分や,改善した方が良い部分も見えてきます。
4
三年次のスピーチ練習
三年生になると,全ての議論を自分で考え,スピーチの仕方も自分で考えなければなりません。もちろん先輩方にスピーチを見てもらうこともありますが,ここでは,議論を作る時に注意していたこと,スピーチについて注意してきたことを紹介します。
4.1 議論を作る時
議論を作るためには,シナリオを組み立て,エビデンスを用意しなければなりません。この過程の中でも,スピーチを向上させる努力をしなければならないと思います。
4.1.1 エビデンス
自分のスピーチをジャッジに理解してもらうためには,当たり前ですが,自分で使うエビデンスを自分できちんと理解する必要があります。ここで言う「理解」とは,単に内容を「知っている」ということではありません。そのエビデンスに書かれている内容を,自分の言葉で説明できる,弱い部分/強い部分を認識している,最終的にどう伸ばすのかを考えている,ということです。ここまで考えていないと,Rebuttal
Speech(反駁)に効果的なスピーチができません。本来,Rebuttal
Speechでは,相手の反論を踏まえたうえで,自分の主張をどうジャッジに伝えるか,ということを考えてスピーチしなければなりませんが,自分のエビデンスを「理解」していないと,Constructive
Speech(立論)と同じレベルのスピーチ(あるいは繰り返し)しかできず,ジャッジに「結局何を強調したいのか」ということが伝わりません。私は,エビデンスや,そのエビデンスの前後の記事を読み,自分の言葉で説明する練習をしました。また,自分のエビデンスの弱い部分を突かれたらどう反論するか,最終的にどの部分を守れれば勝てるのか,そのためにはどんなエビデンスが必要なのか,ということを考えて試合の準備をしていました。 また,使うエビデンスを選ぶ際にも,自分で理解できないエビデンスは除外すべきだと思います。自分で「使う」ことができないのなら,そのエビデンスで効果的な議論展開ができるはずがありません。自分で使うエビデンスには責任を持つべきだと思います。
4.1.2
シナリオを組み立てる
エビデンスを選ぶことと平行して,議論のシナリオを決めなければなりません。この時に一番気を付けることは,「他人が聞いて分かりやすい構成かどうか」ということです。スピーチは,最初に出された議論の構成に基づいて行います。最初に出された議論が分かり辛ければ,その後に「説明しなければならない部分」が増えてしまいます。いかにジャッジの理解を助けるか,ということを念頭に置いて,議論を組み立てていくことをお勧めします。 分かりやすい議論構成にするためには,とにかく人に見てもらうことだと思います。また,他のセクションの人や下級生に見てもらうと,意外と基本的な疑問をぶつけられたりします。ジャッジはディベーターと同じリサーチをしているわけではなく,知識も少ないです。そのジャッジに一度聞いて理解してもらうためには,何も知らない人に聞いてもらうのが一番いいと思います。例えば,よくある「失業」というDAがあります。そして「自殺」とImpactを出すことがありますが,何も知らない人に話をすると,「失業しても自殺しない人のほうが多いのではないか?」などという質問が返ってきます。その質問に的確に答えることができるでしょうか?もし答えられないのなら,それは議論を熟考していないということだと思います。そして答えられないと,ディベートの試合においても,「失業」というDAの深刻さが伝えられないと思います。 みんなが出しているから分かるだろう,という妥協はせず,様々な,単純な疑問をジャッジに残さないような議論の組み立て方をする必要があると思います。
4.2, スピーチ
私は,三年生の時にはあまりスピーチ練習をしませんでした。というのも,議論を考える(エビデンスを探す,議論を組み立てる)ことに時間を費やしすぎてしまったからです。ここでは,実際にしていたこと,すれば良かったと思うことについて紹介したいと思います。
4.2.1
実際にしていたこと
まず,前の「議論を作る時」と重複しますが,やはり自分の議論について深く考えることが大切だと思います。試合中に色々な議論が飛び交い,自分が言うべきことが見えなくなってRebuttal
Speechに入ると混乱してしまう場合が多いと思いますが,自分が何を言えば勝てるのか,自分が一番強調したいことは何か,ということを見失わなければ,入り組んだ試合でも混乱せずにすむと思います。私は,「これだけは言わなければいけない」ということは,紙にベタ書きをして,試合中にそれを読んでいました。 また,「ジャッジにどう聞こえるか」ということを常に意識していました。特に,私が作る議論のエビデンスは海外の論文が多く,難しい内容だったので,エビデンスの内容を自分の言葉で説明すること,身近な例を挙げて説明することを心がけていました。そして,その例で自分の言いたいことが伝わるかどうかを,スクワッドの先輩やメンバーに聞いてもらいました。
それに加えて気を配っていたのがWording(言葉の選び方)です。ジャッジは耳で聞くことしかできないので,なるべくスピーチは短い文章で,しかも印象に残り,尚且つ情報量の多い単語を選ぶ,ということに気を付けていました(これは,説明を短縮することとは違います)。例えば,2001年後期の陪審制度の論題の際に,「プラン採択後は,司法が市民の参加により民主的になる」ということを言いたい時,“After
the adoption of our plan, the decision making process in the courts will
be democratic.”と言うのではなく,“Our plan democratizes the
decision making process in the courts.”“Plan vitalizes democracy in
the courts.”と言う,などです。少ない単語,印象が残る単語を使い情報量が多い文章を作る,ということに気を配っていました。
4.2.2
すれば良かったと思うこと
私が一番後悔しているのは,もっと色々な人にスピーチを聞いた感想を聞けば良かった,ということです。三年生の時は,自分の試合のジャッジ,自分の試合を見ていた他大の友人や先輩などにスピーチの感想を聞かず,自分だけでの反省が多かったので,もっと色々な意見を聞くべきだったと思います。他人からのアドバイスを全て鵜呑みにすれば良いというわけでもないと思いますが,少なくとも,色々な感想を聞いておけば,自分だけで考えるよりも,自分のスピーチに取り入れるべきことはもっとたくさん見つかったのではないかと思います。 また,自分の試合のテープを撮って聞くのも良いと思います。ある程度,自分でスピーチを分析する力がついていれば,試合中に上手くいったと思ったスピーチでも,後で聞くと足りない部分が多く見つかることもあります。私は,自分の試合で何度かテープを撮りましたが,自分の下手なスピーチを聞いて落ち込むのが嫌であまり分析しませんでした。「あの試合は勝ったからいいや」ではなく,もっと貪欲に自分のスピーチを向上させる努力をすべきだったと思います。
5 最後に
ここまで私の経験を書き進めましたが,最後にもう一度,言いたいことをまとめたいと思います。私が伝えたいのは,聞く人の身になってスピーチを考え,練習し,試合に臨む,ということです。いくらスピーチを練習しても,それがジャッジに伝わらないと何も意味がありません。ジャッジはディベーターの議論を知らないということ,ディベーターの考えていることはスピーチを聞くことでしかジャッジに伝えられないということを常に意識し,スピーチをすることが大切だと思います。色々なスピーチを聞き,色々な人にスピーチを聞いてもらい,聞いている側に優しいスピーチができるようになることが,スピーチ力の向上だと思います。
(おおやま あやこ)
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